身近な法律問題
本当に裁判員は実施できるのでしょうか
「裁判員制度、被疑者弁護、刑事裁判での被害者の代理人、少年の国選付添人など新しい制度の導入によって、弁護士の出番が増えているのに、増員を抑制するのでは筋が通らない」という意見があります。
私自身、原則的に、刑事事件は扱いませんし、どうしても断れない依頼者からの刑事事件は、刑事事件を活発に扱っている若い弁護士にお願いして、一緒に事件を受任するようにしていますので、現時点における実体験に基づいたものではありません。その点は、あらかじめご了承下さい。
現在の被告人の国選事件は、被告人が事実を認めている通常の簡単な事件で8万円の報酬だそうです。
私選の場合の目安は、通常の争わない事件で、着手金30万円+消費税、執行猶予がつけば成功報酬として30万円+消費税というのが相場です。保釈をとれれば、30万円+消費税追加になります。
被告人の国選事件は、かなり安く、「割に合う」金額ではないように思いますし、また、被疑者国選は弁護士会の補助をあわせても「割に合う」金額ではありません。
裁判員制度の国選弁護人はいくらか余分にもらえるようになるのか知りませんが、重罪かつ集中審理ということですから、通常の事件より手数がかかることは間違いありませんし、「割に合う」報酬金額ではないでしょう。
また、刑事裁判での被害者の代理人、少年審判の「国選付添人」も、どうなるのかわかりませんが、現在の国選弁護の報酬を見る限り「割に合う」金額ではないでしょう。
ただ、昔は、国選弁護事件も、事件の種類(たとえば、殺人、放火、強姦などの重罪、また、通訳を要する外国人の事件などの手数のかかる事件)によっては引受ける弁護士がなく、大阪弁護士会の職員が「第1回公判期日まで期日があまりないのに誰も引き受け手がいない」と、引受けてくれそうな「気の弱い」弁護士に電話をかけまくっていました。
今は、どんな種類の事件であっても、かなりの高齢の弁護士さん、かなり若い弁護士さんなど、自分に依頼者が来ない弁護士さんたちが事件の取合いをしているそうです。
弁護士増員により、弁護士の採算ラインが下がっていること、「事件がないよりは」「少しでもあった方がまし」という弁護士が増加しているように思います。もちろん、それなりの給料をもらっている勤務弁護士(イソ弁)が「小遣い稼ぎ」をしている場合もあります。
また、通常は嫌われる 「ひまわり基金」による、いわゆる「過疎地」といわれるところにある公設事務所、扶助や国選など、採算面および「事件の筋」がわるい事件を引受ける「都市型こうせつ事務所」(赤字は弁護士会からの借入でまかなっており,将来的には,総会決議で免除するということが予定されています)、よりにもよって何でそんなところに勤務するのと聞きたくなるような「法テラス法律事務所」に、若手弁護士が入所していることも、弁護士増員のおかげかもしれません。
弁護士増員による就職難によって、「ノキ弁」(給料をもらわず、軒先を貸してもらう弁護士)や「即弁」(いきなり独立する弁護士)になるか、「ひまわり基金による過疎地の法律事務所」「都市型こうせつ事務所」「法テラス法律事務所」に勤務するかを天秤にかけ、事件は「きつく」「将来性はないが」「安定した収入の得られる」後者を選ぶ弁護士が増加してきたということは、弁護士増員論の「思惑」どおりだったのかも知れません。
なお、私個人は「ひまわり基金による過疎地の法律事務所」「都市型こうせつ事務所」「法テラス法律事務所」に勤務する」若い弁護士さんは「目先の利」を追っているのでしょうね。
東京や大阪の大都市部では「裁判員制度、被疑者弁護、刑事裁判での被害者の代理人、少年審判の国選付添人など新しい制度」は、そう大きい問題ではないかも知れません。
今のままでも弁護士数は十分多いですし、刑事に興味を持ち、熱心に多くの刑事事件をしている弁護士さんが吸収してくれる可能性があり、また「都市型こうせつ事務所」もあるからです。
しかし、いわゆる「地方」とりわけ、いわゆる「司法過疎地」では、「裁判員制度、被疑者弁護、刑事裁判での被害者の代理人、少年の国選付添人」の実現可能性には「?」がつきます。もっとも、いわゆる「司法過疎地」の支部は、裁判員となる事件を扱えない「乙号支部」ですから、裁判員制度は導入され得ません。
いわゆる「司法過疎地」のうち、本当の過疎地か、本庁や支部が交通が便利なのところにあるため、支部には法律事務所がわずかないところについては、「事務所の経営が成り立たないところに」「弁護士が事務所をつくる」ということが「経済合理性」の点からはありえないことは、前のコラムに記載したとおりです。独自で採算を取れず、日本弁護士連合会からの補助金で、何とか経営している事務所があるくらいですから、これ以上、独立採算の事務所を増やすということは難しいと思います。
これは、現在の3万人の弁護士を、5万人にしようが、10万人にしようが同じでしょう。
司法過疎化の問題のコラムで述べたように「ひまわり基金による地方の法律事務所」は、一部、採算に合って、通常の法律事務所となっている例外はありますが、基本的に採算が合っておらず、日本弁護士連合会などの補助金頼みです。
このうえ、現行の刑事当番弁護士、被疑者当番弁護のほか、裁判員制度、被疑者弁護、刑事裁判での被害者の代理人、少年審判の国選付添人を押しつけられたのでは、「ひまわり基金による地方の法律事務所」に赴任する若い弁護士さんすらも、なくなるのかも知れません。
被告人なら拘置所ですが(起訴後まもなく、または、追起訴のある場合を除きます)、被疑者を弁護する場合は、代用監獄である警察署が、あちらこちらに散らばっていて、へんぴな警察署に行かなければなりませんから(一度、豊能警察署に勾留されている被疑者の弁護人をしたことがありますが、たまったものではありませんでした)、過疎地の法律事務所で働く弁護士さんは、どんなに疲れていても、安全に自動車運転ができる若くて体力のある弁護士さんしか勤まらないでしょう。歳をとった弁護士さんでも「専用運転手」がいれば別ですが、採算に合うはずもありません。
せめて、国選弁護人など刑事弁護の報酬を、採算ベースまで引上げてくれれば別ですが、どうやら期待はもてないようです。
無責任なようですが、一体、将来の日本の刑事弁護はどうなるんでしょうか?
なるようにしかならないのでしょうか。