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2023年バックナンバー

雑記帳

フィンランド、対ロシア国境に「東西の壁」

 ロシアと約1300キロにわたって国境を接する北欧のフィンランドで、国境沿いの一部にフェンスを新設する計画が進んでいます。
 ロシアのウクライナ侵攻まで、両国の国境警備は比較的緩やかでしたが、ロシアのウクライナ侵攻を受けてフィンランドは「東方からの脅威」を強く警戒するようになりました。
 フィンランドは、防衛強化を目的にフェンス設置を決めました。

 1300キロといわれても「ぴん」ときませんが、大阪と稚内の直線距離に相当するそうです。
大阪と稚内とを結ぶフェンスとなると想像も付きません。

 フィンランドとロシアの国境は、現在、主に家畜の移動制限のため、簡単な木の柵で仕切られているだけです。
 フィンランドは、ロシアよるウクライナ侵攻後の令和4年6月、簡単な木の柵から「効果を持つ頑丈なフェンス」に置き換える計画を発表しました。
 どれだけの効果があるかどうかわかりませんが、防衛能力向上のほか、ロシアが大量の移民を送り込み政治的圧力をかける事態に備えるのが目的です。
 フェンスは金属製で高さ3メートルで、国境警備隊が作成したイメージ図では、上部に有刺鉄線が巻き付けられ、さながら刑務所か軍事基地の囲いのようになっています。重点警戒地点には暗視カメラやスピーカーも完備することを想定しています。

 陸続きのフィンランドとロシアはもともと往来が活発で、国境警備隊によりますと、以前は多い時で1日1万人前後がロシアから検問所を通って入国していたそうです。
 しかし、ウクライナ侵攻の影響でフィンランド政府がロシア人の観光目的の入国を禁じたことなどから、最近は入国者数が同200~500人に激減したそうです。

 有刺鉄線付きフェンスという目に見える障壁ができれば、両国の境界は一層明確になり、心理的な壁になります。

 第2次大戦中にソ連と戦火を交え、国土の一部を失った歴史を持つフィンランドは昨年、軍事的な中立政策を転換し、北大西洋条約機構(NATO)に加盟申請する歴史的選択を行ないました。

 ちなみに、ノルウェーとフィンランドが、NATOに加入を表明しています。
ノルウェーとフィンランドは、北欧4か国(ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマーク)の1つであり、似たような歴史をもっているのではないかと思われる方もおられるかもしれません。

 フィンランドは、もともと、強国であったスウェーデンと異なり虐げられた弱小国で、華やかな歴史はありません。

 かつて、強国であったスウェーデンの一部でした。
 1741年から1743年までのロシア・スウェーデン戦争でロシアがフィンランドを占領してロシア領とした後、ロシアのエリザヴェータ女帝はフィンランドを独立させるとの約束をしました。
 1809年、ロシア皇帝アレクサンドル1世が、フィンランドが自治の大公国として、国の中の国に昇格ました。1863年からはフィンランド議会が招集されました。教育においても、スウェーデン語ではなくフィンランド語の使用が推進されました。

 日露戦争の敗北後、帝政ロシアが崩壊すると、1917年12月6日に独立宣言をしました。もっとも、スウェーデン語で書かれていたそうです。ソビエトも後に承認しました。
 1919年にフィンランドは共和国として完全に独立します。

 しかし、1939年11月30日、ソ連は宣戦布告の無いままに23個師団45万名の将兵、火砲1880門、戦車2385輌、航空機700機により、フィンランド国境全域で侵攻しました。冬戦争と呼ばれます。
フィンランドは1940年3月まで戦い抜いたが、フィンランド第2の都市であるヴィープリを含む国土の10%、工業生産の20%が集中するカレリア地峡をソ連に譲り渡すという苛酷な条件の講和条約を結び停戦しました。

 フィンランドというと、ムーミンとサウナが有名な平和な国というイメージがありますが、結構、厳しい歴史を歩んでいます。

 それにしても、ロシアという国は変わりませんね。

 フィンランドとスウェーデンは、ウクライナ戦争後、NATOに加盟申請を出していますが、フィンランドの方がより切実です。
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