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2014年バックナンバー

スポーツ選手と国籍変更

スポーツ大会に出るため、国籍変更をする選手がいます。

 まず、自国籍の選手層があまりにも厚いため、大会出場は無理と考え、国籍を変えて出場して大会に出ようとする選手です。
 これは、一番、ボピューラーですし、選手自身が判断するのですから、問題はありません。
 日本人は、あまりやりませんね。
 日本人でいることが、一番幸せと考えている人が多いでしょうし「そこまでして」と思うのかもしれません。
 ちなみに、甲子園に出たいがため、近畿圏の選手が、選手層の薄い、鳥取県や島根県などの高等学校に「野球留学」するようなものです。

 次に、国際大会のため、自国のチームの強化をしたい国が、外国籍の有力選手に働きかけ、帰化させるという国があります。
 中東の国々が、サッカーのワールドカップで活躍するため、多国籍の有力な選手を自国に帰化させるという例はよくあります。

 それ以外にもあるようです。

 ショートトラックで、ロシアのビクトル・アン選手が、500メートルで金メダル、1000メートルで金メダル、1500メートルで銅メダル、5000メートルリレーで金メダルと金3つ銅1つ合計4つのメダルを獲得しました。

 それだけならば、ショートトラックの選手層が厚い韓国選手が、オリンピック出場のために、ロシアに国籍を変えた事例に見えます。

 ただ、事情が違うようです。

 もともと、ビクトル・アン選手は、もともと安賢洙という韓国人だったのですが、トリノオリンピックでは韓国代表で出場し、金メダルを3つ獲得していました。

 しかし、安賢洙選手は、韓国内の「談合」でエース勝たせる慣行に「ノー」と言い、実力勝負を訴えたら選抜から外されて、バンクーバーオリンピックに出場できなかったそうです。

 韓国メディアは「スケート連盟の派閥争いに巻き込まれた」と報じていました。

 ショートトラック強国・韓国の特徴の1つを、コーチの強力なリーダーシップで「エースを勝たせるためには、他選手を犠牲にしてでも競技をさせたこと」と報じられています。

 エース選手を勝たせるため、他の選手には、自分の成績を二の次にして他国の選手を牽制(時には妨害)することに全力を挙げさせたというのだ。いわば「談合」ですね。

 
 安賢洙選手は、トリノ五輪では優遇されたそうです。
他の選手は、自分の成績を二の次にして他国の選手を牽制(時には妨害)して、金メダルをえたと言われています。
 トリノオリンピックでは、金メダルを3つ獲得しました。
 もっとも、ソチオリンピックの成績からして本当に「金をとらせてもらった」かどうかわかりません。

 次のバンクーバーオリンピックでは、レースで犠牲にならなければならない状況に不満をかかえていた他の選手からすれば、「今度は自分たちの番」というわけだったのか、また、実力勝負を訴えた安賢洙選手でしたが、「大人の論理」がこれを抑え込み、バンクーバー冬季五輪には出場できませんでした。

 もっとも、本人の怪我ということもあったようですが、選考のための大会の日程を不利に変えられたということもあるようです。

 ロシアは、安賢洙選手に救いの手を伸ばし、安賢洙選手は、国籍をロシアに変え、ビクトル・アンとして、金3つ銅1つ合計4つのメダルを獲得しました。


 韓国版「倍返し」でしょうか。

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