よもやま話 バックナンバー1/2
「生きるために食べる」と「食べるために生きる」
「生きるために食べる」派でしょうか、「食べるために生きる」
あなたは「生きるために食べる」派でしょうか、「食べるために生きる」派でしょうか。
哲学的な意味でいっているのではありません。
ドイツで生活していると、毎日、似たようなものを飽きずに食べる人が多いということに驚きます。
全く「同じ」ものでないにしても、バリエーションに乏しいのです。
ジャガイモがメイン(ポテトサラダ、または、ポテトフライ)、あと、まともな味付けをしていない肉料理や魚料理がでて、また、食事の時も、他の人たちと談笑しながら食べるのを楽しむのではなく、事務手続きでもするように機械的に食べているような感じにみえます。
イギリスに留学していた人も同じようなことを言っていました。
食事は必要悪、というふうに見え、「生きるために食べる」派といわれます。
逆は、イタリアやフランスらしいです。
食べ物はバラエティーに富んでいて、量も豊富。調味料、ソースも多種多様。
「食べるなら食べる、しゃべるならしゃべる。どっちかにしてくれ」といいたくなるような食事をするといわれます。
食事なくして何の人生かというふうに見え、「食べるために生きる」派ということになります。
日本人はどちらでしょう。
どちらかといえば、食事が多種多様という点で、「食べるために生きる」派、食事はおとなしく、「生きるために食べる」派に近いのではないでしょうか。
もちろん一般論で、どの国に行っても各人各様であることに間違いはありません。