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よもやま話 バックナンバー1/2

努力

人の社会的地位や収入は、「努力」と「運」ということがいわれます。

 努力しようと思っても、すべての人が努力できるわけではありません。

 努力して自分が技術を身につけられる資質を持っていなければなりません。
 私がいくら努力しても、イチローのように野球ができるはずもありませんし、石川遼のようにゴルフができるわけではありません。

 努力ができるだけの外的環境、内的環境が整っていなければなりません。
 貧しい国の貧しい家庭に生まれた人は、努力しようと思っても努力すらできません。自分が食べることに精一杯です。

 努力が報われてきた経験をもっていることも大切です。
 努力すれば、努力が報われることを身をもって体験しないことには、苦しい努力をしないでしょう。
 両親や兄弟が努力した結果、成功していることを見聞きしているということも重要です。

 これらを皆がそなえることは難しいものです。
生まれ持った才能、育った環境によるところが大きいでしょう。

 こう考えると、努力することができ、大成した人には「運」が備わっていたことになります。
 自分は、努力によって、今の地位と名誉を手に入れたと思っている人も、実は、努力できるだけの「運」があったことになります。

 逆に、不遇をかこっている人に対し「努力が足りないから」「自業自得である」という傲慢な考えを持たないことです。
 もっとも、努力しさえすれば、大成したろうにという恵まれた人が、努力をしなかったために、不運を囲っていることも、多々見られることも間違いありませんが・・

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