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2015年~2017年バックナンバー

司法の独立

 平成20年に機密指定を解除されたアメリカ軍公文書により、違憲判決をした東京地方裁判所の判決に対し検察官が跳躍上告をした事件について、跳躍上告を受けた最高裁判所判所長官が、上告審公判前に、駐日アメリカ首席公使に会い「判決はおそらく12月」などと公判日程や見通しを漏らしていたことが分かりました。

 

 今でこそ、自衛隊を「違憲」「無効」という人はあまりないと思います。

 

  かつては、そういう議論もありました。

 

  今もないではありません。

 

 「砂川事件」という事件がありました。

 昭和32年7月8日、東京都砂川町(現立川市)のアメリカ軍立川基地拡張のための測量に反対するデモ隊の一部が基地に立入り、7人が刑事特別法違反罪(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法違反罪)で起訴されました。

 

 東京地方裁判所伊達裁判長は、昭和34年3月30日、「アメリカ軍の駐留は戦力の保持に当たり、憲法9条に違反する」と全員に無罪を言渡しました。

 

 検察側は、高等裁判所の審理を経ずに最高裁判所判所の判断を求める「跳躍上告」をしました。

 

 最高裁判所判所は、昭和34年12月16日「日米安全保障条約は高度の政治性を有し、一見極めて明白に違憲無効と認められない限り司法審査の対象外」と一審判決を破棄しました。

 

  昭和38年の差戻し審で、全員の有罪が確定したという経緯です。

 

 「統治行為論」を採用したといわれています。
 「統治行為論」とは、裁判所は、国家統治の基本に関する高度な政治性を有する国家の行為については、法律上の争訟として法律判断が可能であっても、高度の政治性を有するため、一見極めて明白に違憲無効であると認められないか否かに限って審査すべきであるという理論です。

 

 ドイツなど憲法裁判所をもつ国はともかく、日本のように憲法裁判所をもたない国はそのように解されるのが一般的です。

 

  問題は、当時の田中最高裁判所判所長官が、最高裁判所の裁判日程が決まる前に「判決はおそらく12月だろう」と駐日アメリカ首席公使に語り、「世論揺さぶりかねない少数意見を回避するやり方で評議が進むことを願っている」と15人の判事全員の一致で無罪判決を破棄する意向もにじませていたという点です。

 

  当時の最高裁判所は、必ずしも「司法の独立」という要件を満たしていないというものだったようです。

 

 対アメリカというより、当時の日本政府の意向に添った行動でしょう。
  そういう時代だったようです。

 

 今問題となっている「定数格差違憲訴訟」などをみていると、隔世の感があります。

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