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雑記帳

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日本統治時代の「百年老橋」復興の一助に

 台湾東部沖地震の震源に近い花蓮県沿岸部で、崩落した橋に代わり、日本統治時代の約100年前に建設された橋が、令和6年4月6日、補強工事を終え開通しました。

 令和6年4月3日に発生した地震で崩落したのは、昭和46年(1971年)に架けられた長さ約25メートルの「下清水橋」です。
 今回の地震では下清水橋が崩落し通行不能となりましたが、日本統治時代の橋は補強すればすぐに使用できることが台湾行政当局の調査で判明しました。
 今回の地震で崩落した下清水橋は花蓮から台北へ向かう最短ルートで、開通後は隣接する統治時代の1930年に建設された長さ約10メートルの「旧蘇花第7号橋」が使われなくなっていました。
 台北から花蓮に公共交通機関で行こうと思うとバスでは行けません。途中、台北から宜蘭まではバスが通る道幅の道路があるのですが、宜蘭から花蓮までは、断崖絶壁のため、観光用の道路はありません。台北から花蓮までの電車は予約しづらく、予約ができない場合、台北から宜蘭までバスに乗り、宜蘭から花蓮までは、立席でいくということになります。

 「旧蘇花第7号橋」は造りが頑丈で、地震から3日後には補強工事が完了し令和6年4月6日に通行可能になりました。
 当面は1日3回、3時間限定で運用されます。

 崩落した橋は1971年と比較的新しく、現地でも100年近い古い橋の頑強さに驚嘆の声が上がっています。
 台湾では統治時代の遺構が多く残っています。

 台湾メディアは「百年老橋」などと報道は、SNSでも「奇跡のようだ」「歴史がわれわれを守ってくれた」「やはり古いものは大切にすべき」など称賛する声が相次いでいます。
 台湾では旧台湾総督府を改修した総統府をはじめ、統治時代の建造物などが多く活用されています。

 なお、花蓮市内にある統治時代の日本家屋が残る観光施設「将軍府」があります。
 旧日本軍の花蓮港分屯大隊が駐屯していた跡地で、当時の門柱を残した区割りのまま、建物を修復してレストランや着付け店など約10店舗が入居しています。
 将軍府の開業に向けては、地元住民らが修復のために寄付を募るなどして、地元メディアによると、最終的に2.5億台湾元(約11億7500万円)でリニューアルしたそうです。
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