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2019年バックナンバー

雑記帳

八ッ場ダム

 参院予算委員会は令和元年10月16日、台風19号に関する質疑が交わされました。
 
 松山政司参議院議員は、「コンクリートから人へ」を掲げた旧民主党政権が一時建設計画を中止し、その後建設された八ツ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)が、回、下流域での水害拡大を食い止めたとされることを取上げ、「インフラ整備はキャッチフレーズで語るのではなく、計画的に行うべきだ」と、旧民主党の判断を皮肉るように指摘しました。
 
 台風の際、同ダムは本格的な運用に向けた試験貯水中でした。
 
 安倍晋三首相は「八ツ場ダムにも財政的負担はあったが、後世の国民の命を救うことにもなる。緊張感の中で正しい判断をすることが重要だ」と強調しました。
 
 台風19号の前は、このような的外れな記事もありました。
 
---引用開始---
 
 2009年の衆院選で当時の民主党が「建設中止」を公約に掲げて注目された群馬県の八ッ場(やんば)ダム。
 
 同年9月の中止表明と2年後の中止撤回という混乱を経て、今年月にダム本体がほぼ完成した。参院選群馬選挙区でも、完成間近のダムは争点ではなくなった。
 翻弄された水没地の住民は「もう政治には期待できない」と、選挙戦に冷めた目を向ける。
 
 同県長野原町で、ダム代替地の高台に立つ真新しい家。「こんなものいらなかった。大切な故郷がダム湖に沈む悲しさには代えられない」と、町の元消防署員高山彰さん(65)は語る。2階の窓からは、高さ約116メートル、幅約290メートルの巨大なダムの姿を一望できる。
 
 ダム計画が持ち上がった翌年の1953年に生まれ、住民が賛成と反対に分かれて争うのを見てきた。建設は仕方ないと諦めていたが、民主党の中止表明で「やはり造らなくていいんだと、目からうろこが落ちた」。
 
 ダム建設再開を要望する住民の中でも反対の立場を隠さず、家族からは「いつまでこだわってるんだ」「余計なことを言わないで」と止められた。
 
 2011年の中止撤回後も、水没予定地で最後まで移転を拒否。強制収用を可能にする、土地収用法に基づく国土交通省の事業申請を受け、2016年に移転契約に応じた。
 
 
 「家族の中でも移転するかしないかで意見が分かれ、ばらばらになってしまった。一人ならいつまでもいたかった」と振り返る高山さんは、介助が必要な兄と町外で暮らし、新居には引っ越していない。
 
 県によると、移転対象の470世帯のうち、代替地に移ったのは2018年末で96世帯。多くは町を離れたとみられる。
 
 ダムは今年六月に本体のコンクリート打設が完了し、来年3月に完成予定。故郷を水没させてまで、本当に必要なものなのか。納得できる説明はなく、不信感だけが残った。
 
 「政治家は今からでも、一番犠牲になった住民に目を向けてほしい」。高山さんは、訴える。
 
---引用終了---
 
 記事にある高山さんも、自分が生まれ育った村は水没したものの、下流に住む人の命を救い、物的損害を軽減できたとして、満足しているのではないでしょうか。
 
 八ッ場ダムは、令和2年3月完成見込みですから、未完成でした。
 
 完成本格的な運用に向けた試験貯水中ということも幸いしました。
 
 これほどとない、いいタイミングですね。神様仏様は、日本を見放していませんでした。
 
 ダムが通常運転をしていて、満水に近ければ、緊急放水という非常事態がありえたかもしれません。
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