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2018年バックナンバー

雑記帳

故意による事故と保険金

 大阪地検堺支部は、平成30年7月23日、堺市にて、あおり運転の車に追突され、バイクの男子大学生が死亡した事件で、車を運転していた堺市南区の警備員・中村精寛あきひろ容疑者(40)を殺人罪で起訴しました。

 

 約1キロにわたってバイクをあおり続け、時速100キロ近くで衝突したという事例で、あおり運転への殺人罪適用は異例です。

 

 起訴状によると、中村容疑者は、平成30年7月2日夜、堺市南区の府道泉北1号線で乗用車を運転中、堺市西区の大学4年生高田拓海さん(22)運転のバイクに追い抜かれたことに立腹し、加速して追跡し、時速96~97キロで追突して転倒させ、殺害したとのものです。

 

 捜査関係者によると、中村容疑者は、車線変更して逃げようとした高田さんを執拗しつように追いかけ、法定速度60キロを大幅に超えて追突した。堺支部は「死ぬかもしれない」という未必の故意があったと判断したとのことです。


 心配となるのが、被害者の遺族が、中村被告人がかけていた保険から、保険金を受領できるかです。

 

 自賠責保険は受領できそうです。

 

 自動車損害賠償補償法14条は、故意により事故を起こした場合について、保険金の支払いの免責事由になる旨の規定をしています。

 

 しかし、自動車損害賠償補償法16条1項は、被害者から保険会社への直接請求権を認めていて、保険会社はこの請求を拒否できません。

 

 自動車損害賠償補償法は、人身事故の被害者の救済を目的としているので、故意による事故の場合でも、被害者からの請求に対しては保険金を支払うこととされていることになります。

 

 なお、被害者からの直接請求に応じて保険金を支払った保険会社は、その分を政府に請求することになります(自動車損害賠償補償法16条4項)。さらに、保険会社に保険金相当額を支払った政府は、故意に事故を起こした者らに対して、その分を請求することになります(自動車損害賠償補償76条2項)。

 

 本件では、被害者の遺族に自賠責保険が支払われ、政府が中村被告人に対して、支払った保険金を請求することになります。


 任意保険はどうでしょう。

 

 保険法17条1項には「保険者は、保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失によって生じた損害をてん補する責任を負わない。戦争その他の変乱によって生じた損害についても、同様とする」と定められ、2項には「責任保険契約(損害保険契約のうち、被保険者が損害賠償の責任を負うことによって生ずることのある損害をてん補するものをいう。以下同じ)に関する前項の規定の適用については、同項中「故意又は重大な過失」とあるのは、『故意』」とする」と定められています。

 

 また、各保険会社の保険契約約款にも、同様の規定がなされているのが通常です。

 

 故意によって事故を起こせば、通常、何らかの犯罪が成立しますが、犯罪を成立させて保険金を受け取ることを認めてしまえば、それ自体が社会的正義に反することですし、犯罪を誘発してしまう恐れがあることなどが理由とされています。

 

 もっとも、対人保険や対物保険などの責任賠償保険についても免責事由とすることは、被害者保護の観点から妥当でないとの意見もあります。

 

 保険金は契約者が受取ります。もっとも、加害者である契約者から保険金を受取れなければ、被害者は、賠償を得ることが、難しいというか、場合によっては不可能となります。

 

 最高裁判所は「故意によつて生じた損害をてん補しない旨の自家用自動車保険普通保険約款の条項は、傷害の故意に基づく行為により被害者を死亡させたことによる損害賠償責任を被保険者が負担した場合には、適用されない」と判示しています。

 

 最高裁判所・平成5年3月30日判決
 

 全文
 

 加害者が、自動車を発進しようとしたところ、被害者が、自動車のドアのノブをつかんで開けようとしたり、ドアを蹴るなどしながら、加害者の自動車の発進を阻止しようとした事例で、被害者を振切って逃げるため、被害者を路上に転倒させ負傷させることのあることを認識しながらあえてこれを認容し、同車を時速20キロメートル程度に急加速したところ、被害者は路上に転倒して、頭蓋骨折等の傷害を負い死亡したという事例です。

 

 つまり、傷害の故意はあったものの殺人の故意まではない、傷害致死の事案について、責任賠償保険金は支払われると判示された事案です。

 

 ただ、殺意があり、殺人の場合に保険金が下りるかどうかは別問題です。

 

 最高裁判所・平成5年3月30日判決の理由に「けだし、ここで問題となるのは、加害者の負担すべき損害賠償責任の範囲ではなく、本件免責条項によって保険者が例外的に保険金の支払を免れる範囲がどのようなものとして合意されているのかという保険契約当事者の意思解釈の問題であるからである。そして、本件免責条項にいう『「故意によって生じた損害』の解釈に当たっては、右条項が保険者の免責という例外的な場合を定めたものであることを考慮に入れつつ、予期しなかった死亡損害の賠償責任の負担という結果についても保険契約者、記名被保険者等(原因行為者)の『故意』を理由とする免責を及ぼすのが一般保険契約当事者の通常の意思であるといえるか、また、そのように解するのでなければ、本件免責条項が設けられた趣旨を没却することになるかという見地から、当事者の合理的意思を定めるべきものである」と判示されています。

 

 任意保険会社は、保険金支払いを拒絶するかも知れませんし、評判を気にして支払うかも知れません。

 

 保険金支払いを拒絶すれば、新しい判例がうまれることになります。

 

 普通の交通事故なら被害者が保険金で満足できるのに、殺人なら被害者が自賠責からしか保険金が受取れないということは不公平ですね。

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