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2012年バックナンバー

キャスティング・ボート

総選挙が近づいてきました。

 自民党・公明党も、民主党も、過半数をとれない見込みのようです。
 また、衆議院で過半数をとったところで、参議院では過半数にはおよびません。

 大連率もなさそうですから、中小政党が、キャスティング・ボート(キャスティング・ヴォート。Casting vote。なお「キャスティング・ボード」は誤り)を握りそうですね。

 キャスティング・ボートの本来の意味は、議会などで、法案などの投票結果が可否同数の場合、議長が可否を決めるということです。日本国憲法56条2項にも記載されています。
 また、議会などで、二大勢力が均衡している場合の第三の少数党の持つ決定権も、キャスティング・ボートという言葉が使われます。このようなキャスティング・ボートを握る少数政党は拮抗する両勢力に対し非常に強い立場に立ち、しばしば二大勢力から様々な有利な取引の持ちかけが行われることがあります。

 日本では、二大勢力が均衡している場合の第三少数党がキャスティング・ボートを握るということはあまりありませんでした。


 第三少数党がキャスティング・ボートを握ることが当然というようになっているという国があります。

 ドイツです。

 ドイツには、連邦議会と連邦参議院がありますが、連邦首相を選出したり、連邦予算を可決したりするのは、国民の投票で選ばれる連邦議会議員が構成する連邦議会です。
 法案については、一部、各州の代表者から構成される連邦参議院の議決が必要なものがあり、「ねじれ」ると、妥協が必要になります。


 ドイツの連邦議会は、小選挙区比例代表併用制で、比例代表は5%の票数を得るか、小選挙区の当選者のない政党は議席が「0」という仕組みになっているのですが、比例代表の割合が多いため、保守の「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)も、革新の「社会民主党」(SPD)も、過半数はとれないようです。

 ドイツ統一直後、統一を成遂げた「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)が過半数をとる勢いだったのですが、ドイツ国民のバランス感覚からなのか、過半数は取損ねています。

 ということで、リベラルの「自由民主党」(F.D.P)や、環境政党の「緑の党」(Die gruenen)が、小政党なのに、キャスティング・ボートを握り、副首相兼外相(外相以外の閣僚の場合もまれにあります)のほか、議員数に不釣合いな多くの閣僚ポストを握.ることになります。
 「キリスト教民主・社会同盟」と「社会民主党」が、交互に与党につく=交互に野党になるのを尻目に、キャスティング・ボートを握っていた「自由民主党」は、万年与党でした。「緑の党」が勢力をもってからは、実力相応になっています。

 キャスティング・ボートを握っている「自由民主党」が、選挙後ではなく、任期途中で「心変わり」したため、連邦首相の失職という政変がおきたことさえあります。

 私がドイツに留学した1982年に、「社会民主党」と「自由民主党」が連立を組んでいたのですが、「自由民主党」が「キリスト教民主・社会同盟」に乗換えたため、「社会民主党」のシュミット連邦首相から、「キリスト教民主・社会同盟」のコール連邦首相に政権が移りました。

 ドイツでは、連邦議会による内閣不信任案の提出は、同時に新連邦首相候補を選出をする建設的不信任制度 (Konstruktives Misstrauensvotum) を採用しているので、コール・キリスト教民主同盟党首を新連邦首相候補とするシュミット連邦首相の不信任案が可決されると同時に連邦首相がコール党首にかわりました。連邦議会の選挙はなしでした。
 不信任案が可決されたら、自動的に現連邦首相が地位を失い、解散権を行使することさえできないわけで、首相が、不信任決議を受けた場合、総辞職か衆議院の解散を選択できる日本とは大きく違います。といいますか、ドイツが特殊です。

 シュミット連邦前首相は、民意を問うように連邦議会の解散を求め、コール連邦首相は、これに応じることにしました。
 連邦首相が連邦議会の解散を連邦大統領に提案できるのは、自らに対する信任案が否決された場合のみですから、コール連邦首相は、自ら、内閣の信任案を提出し、わざと与党議員を欠席させ、自らに対する信任案を否決させて、連邦大統領に連邦議会を解散させました。

 結局は、「キリスト教民主・社会同盟」と「自由民主党」が過半数をしめました。

 内閣の信任案を提出し、わざと与党議員を欠席させて、自らに対する信任案を否決させるのは「脱法行為」にあたると、連邦議会議員などが、連邦憲法裁判所に解散は違憲であると訴えましたが、棄却されています。

 ところで、ドイツでは、2005年に、「キリスト教民主・社会同盟」と「社会民主党」の大連立によるメルケル内閣が誕生しましたが、付加価値税(日本の消費税)の引上げや、年金保険料の引上げなど、国民に「不人気」な、財政再建を優先した負担増の法案を成立させています。

 日本も、自民党・公明党と民主党の大連立になれば、次の選挙を気にすることなく、財政再建を優先した財政健全化=負担増の法案を成立させられるのですが、むずかしいようです。

 小党にキャスティング・ボートを握らせたのでは、ろくなことにならない気がします。
 ただ、日本の今の選挙制度では、小党がキャスティング・ボートを握るというのは、やむを得ないという状況です。

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