身近な法律問題
自殺幇助
「幇助」とは「助ける」ことです。
刑法62条には「正犯を幇助した者は、従犯とする」と定められていて、刑法63条には
「従犯の刑は、正犯の刑を減軽する」と定められています。
つまり、基本的には「正犯」があり、正犯の犯罪者を幇助した者が「従犯」として、
「正犯の刑を減軽」して処罰されるという仕組みになっています。
通常考えると「自殺罪」という犯罪があり、それを幇助した者が「自殺幇助罪」に問われることになりそうです。
しかし「自殺」だけは例外で、「自殺罪」という罪は、どこをさがしていてもありません。
刑法202条に「人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくは
その承諾を得て殺した者は、6月以上7年以下の懲役又は禁錮に処する」、刑法203条に
「前条の罪の未遂は罰する」と定められています。
自殺が犯罪と定められていたとしても、「既遂」になれば「被疑者死亡」で起訴・処罰される
ことはありえません。
実質的に考えると「自殺未遂罪」をもうける、つまり、自殺をしようとしたが死ななかった、
あるいは、死ねなかった人を処罰するかの問題ということになります。
立法政策の問題ですが、自殺しようとして死ねなかった人を、逮捕して、取調べをして、起訴
して、処罰するのが妥当かどうかというと、日本の法制は、国民感情に合致した妥当なもの
だと思います。
もっとも、自分で自殺しようとした人を処罰するかどうかはともかく、「自殺をそそのかした者」(教唆)、「自殺を助けた者」(幇助)は、処罰されるべきでしょう。
赤の他人が、何の理由もなく、自殺をそそのかしたり、助けたりしたりしたりしたら厳罰に
処せられるべきでしょう。
なお、「自殺を助けた者」(幇助)については、大きな問題があって、病気で余命幾ばくもなく、苦痛に耐えるだけの近親者から、「早く死にたい。助けてくれ」と懇請され、やむなく
殺した(安楽死をさせた)人を処罰すべきかどうかということが問題となります。
安楽死については、名古屋高等裁判所昭和37年12月22日判決がリーディングケースと
なっていて、「不治の病に冒され死期が目前に迫っていること」「苦痛が見るに忍びない程度に甚だしいこと」「専ら死苦の緩和の目的でなされたこと」「病者の意識がなお明瞭であつて
意思を表明できる場合には、本人の真摯な嘱託又は承諾のあること」「原則として医師の手に
よるべきだが医師により得ないと首肯するに足る特別の事情の認められること」「方法が倫理的にも妥当なものであること」、これらすべての要件を満たした場合にのみ「違法性が阻却される」として処罰がなされないことになっています。
基本的には「医師による」という要件は満たさないでしょうから、処罰はなされます。
実刑ではなく、執行猶予がつくことがほとんどです。