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2015年~2017年バックナンバー

沖縄返還

 平成29年5月15日、沖縄の日本返還(昭和47年)から45年を迎えました。
 
 沖縄返還をリアルタイムで知っている人は50歳以上の人ということになります。
 
 早いですね。
 
 第二次世界大戦の講和条約で、昭和26年に署名された日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)では、沖縄は、アメリカ合衆国の施政権下に置かれるものとされました。
 
 沖縄では、ドルが通貨で、自動車は右側通行、本土と沖縄の往来にはパスポートが必要だった時代がありました。
昭和46年、当時のニクソン大統領と佐藤栄作首相の交渉の結果、アメリカ軍基地を県内に維持したまま日本への復帰となりました。
 
 佐藤首相は、日本の1ドルブラウスに象徴されるような、日米経済摩擦があり(当時は、自動車というより繊維でした)、その解決という対価がありました。
 
 沖縄県の本土復帰は、「糸」(日米繊維交渉の決着)で「縄」(沖縄返還)を買ったといわれました。
 佐藤首相は、沖縄返還で、ノーベル平和賞を受賞しましたね。
 
 戦争でとられた領土が、平和的交渉で戻ってくるというのは「奇跡」といわれています。
 
 ただ、アメリカの若者の血で占領した沖縄の土地が、そのまま戻ってくるというわけにはいきません。
 
 沖縄の米軍基地は、戦略的に絶好の位置にありますから、アメリカ軍が沖縄に多くの基地を残しています。
 アメリカとしては、アメリカの若者の血で占領した沖縄ですから、そのまま返還というわけにはいかないでしょう。
 
 なお、同じ敗戦国のドイツは、第二次大戦により、国土の25%を失いました。
 
 おまけに、東ドイツと西ドイツに分割され統一までに時間がかかりました。
 統一にあたって、ドイツは、当時のソ連に、ソ連の軍隊の立退料を支払っています。
 
 ドイツには、アメリカ軍が駐留していることは、ご存じでしょう。
 なお、ドイツは、ドイツ連邦軍をもっていますが、大半がNATO指揮権下にあります。
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