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雑記帳

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辺野古ボート転覆事故遺族メモ2026.3.29

辺野古ボート転覆事故遺族メモ2026.3.29

    ---以下引用---

愛娘、知華について

 今までの間、知華のプライバシーが守られてきたのは、最初の記事の通り、お友達、保護者の方々のおかげですが、守り続けていただくのもまた大変なことです。何かのミスで写真や動画が流れた時、誰かが責められたり、疑心暗鬼が広がるのは避けたいです。今日は知華のことを書きますので、報道の皆さんは、他の方への取材で知華の情報を得ることは控えていただき、こちらの情報や写真のみを元にするよう、強くお願いいたします。
 なお、今後も第三者からの不確定な情報をもとに、知華や親族の尊厳を傷つけるような発信・報道がなされた場合には、弁護士を通じて法的措置を講じる所存です。

 次女知華は2008年10月に生まれました。仕草がとても面白く可愛らしい赤ちゃんでした。4歳違いの姉を慕い、どこへ行くにも笑いの絶えない4人家族でとても幸せな日々でした。
 2011年、仕事の関係でジャカルタでの生活がスタートしました。知華が2歳半の時でした。
 知華は3歳から11歳までジャカルタのインターナショナルスクールを3校渡り歩きながら育ちました。イスラム教徒の多いジャカルタですが、様々な国からの生徒が集まるので、人種、母国語、文化、宗教が豊かに入り混じる環境の中、慣れない英語で、姉と一緒に一生懸命頑張っていました。

 英語はあっという間に私たちよりも流暢になり、インドネシア語の日常会話も困らず、親から見ても羨ましいくらいでした。家での会話は日本語で、長女も知華も当時、嵐が大好きな女の子。嵐が初めてインドネシアに来た時には、ホテルで出待ちまでして、結局肩透かしで半泣きしていました。
 ジャカルタではセキュリティに囲まれたエリアであっても子供だけで歩くことは危険なので、どこに行くにも親は必ず一緒です。学校の送り迎え、友達と遊ぶ時、買い物、マンションのエレベーターやショッピングモールのトイレも常に一緒。親子喧嘩の後も一緒。海外で子育てをされた経験のある方には概ね共感いただけるかと思いますが、親も子もそれなりに大変な反面、たくさんの時間を親子4人で過ごせてきたと思っています。

 2019年末、長女は「日本のJKになりたい」とのことで、日本の高校を受験することに。親元から離れることが心配でしたが、同志社国際高校は、帰国生受け入れ校、大学附属の高校で敷地内に女子寮があること、自由な校風、英語力が伸ばせる環境と、これ以上ないほど魅力的で、受験を決意しました。無事合格し、2020年の4月に入学しました。

 ところがコロナが蔓延し、長女を一人日本に置いておける状況ではなくなり、私はインドネシアに残り、妻と知華は日本に帰国。地元の公立小学校で1年間学びました。姉の通う同志社国際の中等部への入学を希望し、英検準1級取得、国語も一生懸命頑張っていました。幸いジャカルタの学校で中学2年生までの学習内容を終えていたため、習ったことの日本語への変換と学び直しでうまく適応することができていました。

 入試は姉と同じ、A方式(併願選考、英語エッセイと面接)で受験。無事合格し、2021年4月に同志社国際中等部に入学となりました。
 この入学を機に、長女も退寮し、母子3人での京都での生活が始まりました。私はインドネシアと日本を往来し、なるべく家族との時間を保てるようにしていました。

続きはまた別記事で。
(この記事は妻と長女と相談しながら父が執筆しています)

    ---以上引用---
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