2025年バックナンバー
雑記帳
皇紀2600年記念日本万国博覧会
西暦1940年に、アジア初の夏期オリンピックが当時の東京府東京市で予定されていたところ、日中戦争や第二次世界大戦のため、結局開催されなかった、幻のオリンピックがあったというのは結構有名です。1940年に冬季オリンピックも札幌市で予定されていました。
当時は、夏季オリンピックと冬季オリンピックを2年ずらして開催するということはありませんでした。
幻の万国博覧会は、西暦1940年(皇紀2600年。昭和15年。神武天皇が紀元前660年に初代の天皇に即位して2600年。零式戦闘機〈零戦〉は、この年に制式採用されたので、末尾の「00」をとって零式戦闘機と呼ばれています)に、当時の東京市で予定されていました。
やはり、 日中戦争や第二次世界大戦のため、結局開催されませんでした。
開催されなかった万博について、あまり詳しく述べても仕方がありませんね。
昭和13年3月10日から15日間、第1回前売券100万枚を1等2000円のクジ付きで大人12枚綴り1冊10円で売出し、数十万冊が販売されました。
延期決定後の平成14年4月1日から20日間、当時の日本交通公社で払戻しを受付け80%が払戻しされました。
1970年の大阪万博では、大人12枚綴り入場券1冊に付き、大人1枚または小人2枚の優待入場を認め、交付印を押し本券を返却する形としたそうです。
3077冊の利用があったそうです。
2005年日本国際博覧会(愛・地球博)でも、会期中の4月から、1970年の大阪万博を踏襲し12枚つづり1冊に付き2枚と交換する形で使用可能とし、券面番号確認後に招待券が発行され、回数券そのものは番号を控えた上で返却されたそうです。
96冊の利用があったそうです。
2025年(令和7年)の大阪万博でも、令和7年5月5日から使用が可能であると発表されていて、会場内の窓口あるいは郵送にて、回数入場券1冊につき大人一日2枚を渡す措置がとられています。
何冊の利用があったかは発表されていません。
大阪万博では、未使用券が相当数あるかと思います。
当時は、夏季オリンピックと冬季オリンピックを2年ずらして開催するということはありませんでした。
幻の万国博覧会は、西暦1940年(皇紀2600年。昭和15年。神武天皇が紀元前660年に初代の天皇に即位して2600年。零式戦闘機〈零戦〉は、この年に制式採用されたので、末尾の「00」をとって零式戦闘機と呼ばれています)に、当時の東京市で予定されていました。
やはり、 日中戦争や第二次世界大戦のため、結局開催されませんでした。
開催されなかった万博について、あまり詳しく述べても仕方がありませんね。
昭和13年3月10日から15日間、第1回前売券100万枚を1等2000円のクジ付きで大人12枚綴り1冊10円で売出し、数十万冊が販売されました。
延期決定後の平成14年4月1日から20日間、当時の日本交通公社で払戻しを受付け80%が払戻しされました。
1970年の大阪万博では、大人12枚綴り入場券1冊に付き、大人1枚または小人2枚の優待入場を認め、交付印を押し本券を返却する形としたそうです。
3077冊の利用があったそうです。
2005年日本国際博覧会(愛・地球博)でも、会期中の4月から、1970年の大阪万博を踏襲し12枚つづり1冊に付き2枚と交換する形で使用可能とし、券面番号確認後に招待券が発行され、回数券そのものは番号を控えた上で返却されたそうです。
96冊の利用があったそうです。
2025年(令和7年)の大阪万博でも、令和7年5月5日から使用が可能であると発表されていて、会場内の窓口あるいは郵送にて、回数入場券1冊につき大人一日2枚を渡す措置がとられています。
何冊の利用があったかは発表されていません。
大阪万博では、未使用券が相当数あるかと思います。
一部は、当日券と替えてくれるそうです。1日数百枚に限られますが。
払戻しは不可能ですから、次回開催される大阪万博の際に、未使用入場券を利用できるという救済措置をとったらどうでしょうか。