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2021年2022年バックナンバー

雑記帳

角を矯(た)めて牛を殺す

 金銭支払いを求めて訴訟をしていたところ、被告の会社の資金繰り悪化により会社が倒産したとします。

 弁護士をしていれば、どちらの代理人もやりますから、原告側代理人の場合は、今までの苦労が水の泡(着手金はもらっていますが、成功報酬はとれません)、被告代理人のときは、いくら勝訴筋の事件でも、成功報酬はもらえませんが、別件として、破産手続きの受任をすることが殆どで、破産の着手金がもらえることになります。

 被告代理人の方が得ですね。

 また、大きな金額の訴訟の場合は、勝訴すれば会社は存続し、敗訴すれば会社が倒産するということがあります。

 勝訴か敗訴かどちらかわからないような場合、相手方が信頼できる弁護士なら、被告の場合、損益計算書・貸借対照表・各月の試算表をみせて、大幅な金額ダウンの和解を打診することもありますし、原告の場合なら、その逆で、損益計算書・貸借対照表・各月の試算表をみせてもらって、どうするかを依頼者と相談することになります。

 損益計算書・貸借対照表・各月の試算表は、虚偽記載をすることは容易ですから、よほど信頼のおける弁護士でないと、原資料の提出も求めることになります。

 ただ、無事和解が成立しても、しばらくすると、本当に、その会社が他の原因で倒産するということが多いです。早く取ったもの勝ちですね。

 私が原告側で訴訟をしていたとき、被告会社が倒産してしまったことがあります。

 原告は個人です。金額は、原告個人にとっては大きいのでしょうが、代理人から見たら、わずかな金額です。

 被告代理人が雑談の中で「訴訟が引き金になって銀行の信用を失って、銀行からの取引を打切られて倒産した」おっしゃったことがありました。

 こちらは、訴訟提起前に、銀行からもらえる資料をもらっていますから、訴訟手続きで銀行からの資料をもらう必要はありません。訴訟手続きにおいても、一切、取引銀行に対しては何もしませんでしたから、こちら側から、銀行に対して訴訟の存在がもれるということはあり得ません。

 被告代理人側で、裁判所の銀行に対する調査嘱託・送付嘱託の申立をして、膨大な資料を集めていました。ただ、裁判所の調査嘱託・送付嘱託をすると、当該会社が訴訟をしていること、被告か原告か-当該事件では被告でした、また、要求する資料から、どのような内容の訴訟かは、嘱託を求められた銀行には容易に想像がつきます。

 私が被告代理人なら、そのメインバンクの一つが当該銀行なら、訴訟の勝敗ににこだわるあまり、自分の取引銀行に裁判所の調査嘱託・送付嘱託はしません。銀行に、訴訟を提起されていること、調査嘱託・送付嘱託の内容から「どんな筋」の事件かわかってしまうからです。

 「角を矯(た)めて牛を殺す」(出典・玄中記)とは「角の形を直そうとして牛を殺してしまうという意味で、小さな欠点を直そうとして、かえって全体をダメにしてしまう」ことの例えです。

 細かいことにこだわるあまり、本当の目的を見失い大損をすることを戒めた警句です。

 銀行は、かなり、取引先にナーバスになっています。
 ごくごく小さい訴訟のために、大きな会社をつぶし、債権者や従業員に大きな迷惑をかけることは、本末転倒ですね。
 もっとも、それだけで会社が倒産するはずはなく、訴訟と、それに伴う銀行の取引停止は「the last straw」にすぎなかったのでしょう。

 「受任した限りは裁判は勝訴しなければならない」と考える若い弁護士さんは多いです。
 「健康のためなら死んでもいい」と考える人たちに似ていないわけでもありません。

 弁護士も、だんだん経験を経てくると、細かな「勝訴」にこだわらず、全体としての利益も考えられるようになります。


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