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身近な法律問題

訴訟とゲームの理論

訴訟は、一般に、いわゆるゼロサムゲーム(zero-sum game)であるといわれています。
 双方の利得の総和が常にゼロになること、簡単にいえば、一方が得する分、一方が損するということです。

 例えば、500万円の貸金訴訟で、原告が完全勝訴すれば原告の利得は500万円、被告の利得は0、被告が完全勝訴すれば、原告の利得は0、被告の利得は500万円、300万円で和解すれば、原告の利得は300万円、被告の利得は200万円となり、どのような結果になっても、原告・被告双方の利得は500万円です。

 貸金請求、売買代金請求など契約に基づく金銭請求のほか、交通事故など不法行為に基づく損害賠償請求も同様です。
 土地の境界争いも同様です。
 遺産分割の調停・審判も同様です。
 離婚の成立・不成立は完全なゼロサムゲームとはいいにくいですが、慰謝料の金額、財産分与、子の養育費も基本的にゼロサムゲームです。

 ということで、訴訟は、通常「自分の得した分だけ相手は損をする」「相手の得した分だけ自分は損をする」という単純な理論で動いていると考えていいと思います。
 行動のパターンは単純で、いかに自分に有利な心証を裁判官にいだかせるかに全力を傾ければいいわけです。


 なお、単純に、訴訟がゼロサムゲームであると言い切ってよいのかどうか疑問なケースもあります。

 チキンゲーム(chicken game)というのをご存じでしょうか。

 いろいろなバリエーションはありますが、一直線の道路の中央を2台の自動車がお互いの車に向けて突進し、車同士がぶつかる寸前で一方が避けたら負けというゲームです。
 チキンゲームでは、相手が避けて自分が避けなかったら自分の勝ち、相手が避けて自分も避けたら引き分け、相手が避けずに自分が避けたら自分の負け、お互い避けなければ、双方自滅というゲームです。
 双方が意地の張合えば結果は最悪ですが、意地を張ると見せて、相手を妥協させれば「まるもうけ」となります。

 金銭請求などで、訴訟の内容どおりの任意の履行がなされる、つまり、お金を支払うべき当事者が、任意に履行することが期待できるなら(交通事故で満額の任意保険に入っている場合、相手が大会社など十分資力がある場合など)は、原則どおりゼロサムゲームでしょう。

 しかし、資力のない者を相手に判決をとっても、強制執行しようがありません。
 資力がない者にしても、金額を減額し、分割にしてもらえるなら、借りてでもお金をつくり、きれいさっぱりしたほうが得でしょう。

 たとえば、個人相手に訴訟などをする場合、仮に、勝訴判決をとったとしても、個人が自宅などの不動産を持っていない場合は、預金や給与を差し押さえるしかありません(家財道具は差押えの対象となりません)。
 個人が、公務員や大企業従業員なら、預金を差押さえたからといって、退職するということはないでしょう。差押えがあったからといって、知っているのは、会計担当者と上司くらい、同僚に知られることはないでしょうから、体面上の理由から退職するということはないでしょうし、経済的に困っているのでしょうから、公務員や大企業従業員を退職して、月々の収入が激減する仕事には就かないと思います。
 しかし、パートやアルバイトなら、規模が小さい会社なら体面上勤務を続けにくいでしょうし、給与の差押えをされたことから、体よく「雇止め」でクビになるかも知れませんし、どうせ差し押さえられるのならと、会社を退職して別のパート・アルバイトにでるかもしれません。

 このような場合、訴訟になったとしても、何がなんでも全額一括請求するということになると、差押えでも何でもしてくれと「開き直られる」可能性があります。給与の差押も、手数や費用がかかることから、退職されたごとに、何度も何度もするわけにいきません。預金口座などは、想像もつかない遠方の預金口座に移され、身近なATMで引下ろされるでしょう。債権者は、結局何もとれません。債権の種類によっては、自己破産で逃げられてしまうかもしれません。
 債務者としても、将来に渡り、自分名義の財産をもつと差押えの危険がありますから、ずっと自分名義の財産を持てずに暮らすことになります。
 頭金を入れてもらったうえで、分割にして、ちゃんと、ある程度の金額支払えば、その余の支払いを免除する約束をする方が債権者にとっても得ですし、債務者にしても、払える金額なら、近親者に頭金を借りて、払える範囲で分割払いで払って、一定額を支払えば負債なしということになれば、返済する気もおきるでしょう。

 そこで、双方の駆け引きとなるのですが、双方が意地の張合えば結果は双方にとって最悪です。かといって、安易な妥協は、自分の損になります。
 和解のときに、債権者が、本当はある程度でもよいと思いながら、「これくらいなら、出せるであろう」と欲をかいて強硬姿勢を貫くと、債務者に、「無理です。強制執行でも何でもして下さい」と開き直られる可能性があります。かといって、本来なら、債務者が応じられる条件より低い条件を出すと、債務者が「しめしめ」と舌をだすでしょう。
 逆に、債務者が、ここまで何とかなると思いながら、もっと低い条件をだし、「これ以上は絶対無理です」というと、債権者が「そんな条件なら、判決もらうだけにする」といわれる可能性があります。かといって、本来なら、債権者の心づもりより、高い条件を出すと、債権者が「丸もうけ」と喜んで応じるでしょう。

 まさに、相手の「ふところ」のさぐり合いということになります。
 そして、妥協した方が損をしますが、双方が妥協しないと、双方大損をすることになってしまいます。

 相手が会社の場合、会社代表者としては、いくら以上なら破産してしまうしかないが、それ以下なら、何とか会社を生き延びさせようと努力するという場合があります。
 これも、相手の「ふところ」のさぐり合いということになります。
 そして、妥協した方が損をしますが、双方が妥協しないと、双方大損をすることになってしまいます。

 こういう「駆け引き」は、弁護しも年齢を経ないと難しいかもしれません。

 なお、ゲームの理論といえば、囚人のジレンマ(Prisoners' Dilemma)というのもあります。

 ある客観的物証の乏しい重大な刑事事件で、2人の共犯者がつかまり、別室で取調べを受けています。この時、片方は迷います。自白すれば、長期の実刑です。2人が、なんとかごまかして否認し続けることができれば、客観的物証が乏しいことから、処分保留のまま釈放ということになりそうです。
 しかし、自分が犯行を否認しているのに、もう片方が自白し、自分が共犯であると言ったら自分の心証が悪くなります。先に自白して反省の念を示し、情状酌量によって、共犯者より軽いことはもちろん、双方が自白したときより軽い刑となることを期待するのがいいかも知れません。
 最善のケースは、双方が否認してめでたく釈放。しかし、こちらが否認して共犯者が認めたとすれば、共犯者は刑が軽くなるかも知れませんが、自分は重い刑を受け最悪、双方が認めれば双方ともそれなりの刑に処せられます。
 双方が疑心暗鬼となって自白するという選択をしがちなため、双方ともそれなりの刑に処せられてしまい、双方が否認して双方釈放され「めでたしめでたし」となるのは難しいのかも知れません。

 実際の刑事事件では、裁判官の前で「嘘」をつきとおして有罪となると、「反省していない」ということで重罪になりますが、捜査段階で「嘘」を言おうがなにをしようが、裁判官の前で「嘘」を言わなければ、つまり、裁判官の手数さえかけなければ、重い刑にならないように思います。むしろ、犯行を主導したのはどちらで、どちらかどれだけ手を下したかの方が量刑に影響します。

 運悪く、共犯者が自白したのなら、公判段階で認めさえすれば、いいかえれば、裁判官に余計な手数をかけさせさえしなければ、捜査段階での情状の悪さは帳消しとなる可能性が高く、捜査段階において、客観的物証が一般に乏しい事案なら、迷うことなく、弁護人のアドバイスとしては、黙秘の選択をすべきであり、案外、ジレンマでも何でもないように思います。

西野法律事務所
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